70年代。
私は小学生でした。
この時代、アメリカ文化という洗礼を思い存分に受けた、ひとりです。
服装や遊び、音楽。
テレビや映画で観るアメリカの景色、生活様式。
アメリカンコミックのアニメやソープオペラ。
国土の広さからくるものなのか?
豊かさと奥行きの深さ。
受け入れてくれるようで、どこかはねつけられる面もある。
私は音楽的には同世代よりもませていたと思います。
同級生がテレビやマンガに没頭しているとき、ラジオを聴き、レコード店に通っていた小学生時代。
「新しい音を探して」
というよりも音楽という刺激を求めていたのかもしれません。
私には兄弟がいなく、何かにつけて独りで過ごさなければならい時間。
そこで話し相手になり、遊んでくれたので、ラジオであり、レコード店の方々でした。
「こんなの出たよ」
という情報には、飛びついて聴かせていただきました。
「そんなのも聴いているの?」
本で言えば乱読。
音楽で言えば乱聴とでも…
70年代の後半は、すべての工業製品、音楽が華やかだった時代と思うのです。
ある意味、「完成した」とのかもしれません。
ロックミュージックが進化し、ポップミュージックと融合し、シンセサイザーという電子楽器を武器にダンスミュージックが萌芽した時代。
テクノポップが生まれて、ビートの快感を人間は心身に埋め込まれていく。
YMOだけは、実はビートというものを否定というか、蔑んでいたところもあったように感じたのです。
「こんなのも気持ちいいのですか?」
そう尋ねている、人々を試している、実験しているような雰囲気も音にあったのではないでしょうか。
私が70年代にいちばん虜になったのは、BMXでした。
自転車で飛び跳ねることの面白さ。
山道を下ってくるスリルと楽しさ。
音楽もファンクのカッコ良さにしびれていました。
プロデューサーとしてのラムゼイ・ルイスの音が好きになった70年代。
まだまだ幼かったけれど、自分なりに満喫できたこと、あの時代を体験できたことって、振り返ってみると財産だよなあと感じるのです。
私は小学生でした。
この時代、アメリカ文化という洗礼を思い存分に受けた、ひとりです。
服装や遊び、音楽。
テレビや映画で観るアメリカの景色、生活様式。
アメリカンコミックのアニメやソープオペラ。
国土の広さからくるものなのか?
豊かさと奥行きの深さ。
受け入れてくれるようで、どこかはねつけられる面もある。
私は音楽的には同世代よりもませていたと思います。
同級生がテレビやマンガに没頭しているとき、ラジオを聴き、レコード店に通っていた小学生時代。
「新しい音を探して」
というよりも音楽という刺激を求めていたのかもしれません。
私には兄弟がいなく、何かにつけて独りで過ごさなければならい時間。
そこで話し相手になり、遊んでくれたので、ラジオであり、レコード店の方々でした。
「こんなの出たよ」
という情報には、飛びついて聴かせていただきました。
「そんなのも聴いているの?」
本で言えば乱読。
音楽で言えば乱聴とでも…
70年代の後半は、すべての工業製品、音楽が華やかだった時代と思うのです。
ある意味、「完成した」とのかもしれません。
ロックミュージックが進化し、ポップミュージックと融合し、シンセサイザーという電子楽器を武器にダンスミュージックが萌芽した時代。
テクノポップが生まれて、ビートの快感を人間は心身に埋め込まれていく。
YMOだけは、実はビートというものを否定というか、蔑んでいたところもあったように感じたのです。
「こんなのも気持ちいいのですか?」
そう尋ねている、人々を試している、実験しているような雰囲気も音にあったのではないでしょうか。
私が70年代にいちばん虜になったのは、BMXでした。
自転車で飛び跳ねることの面白さ。
山道を下ってくるスリルと楽しさ。
音楽もファンクのカッコ良さにしびれていました。
プロデューサーとしてのラムゼイ・ルイスの音が好きになった70年代。
まだまだ幼かったけれど、自分なりに満喫できたこと、あの時代を体験できたことって、振り返ってみると財産だよなあと感じるのです。
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