2011年3月7日月曜日

私と岡本太郎

はじめての出会いは、大阪万博の「太陽の塔」。
まだ幼くて、芸術として観ることはできなかったと思います。
「ウルトラマンの怪獣に似ている」
しかし、間近に観た衝撃は記憶の片隅に残っていました。
中学になり美術で岡本太郎という名前と作品が結びつくと、急激に惹かれていった記憶があります。
それまでは、モディリアーニなどの作品が好きだったのですが。
「日本のピカソ」
などと紹介されることが多かった岡本。
私の中でのピカソはすごいデッサンを描く画家という認識でした。
岡本は「パッション」という言葉を発していましたが、正にそれを具現化、再現してきた芸術家と個人的には捉えていました。
岡本は、日本の文化、芸術を掘り起こしてきた重要な人物だと知りました。
沖縄を深く知るようになったのは、岡本の影響です。
また歴史で学んで土器を観る目も岡本の視点が強かったと思います。
岡本太郎という人は、おそらく、ウソが嫌いだったのではないでしょうか。
正直であり、偽ることができない。
サービス精神が旺盛に映る言動も、実は、彼の本心であり、魂の言葉だったのと、改めて感じるのです。
「辛辣に生きること」
今という瞬間に対する放熱。
周囲に襲いかかれるような発言。
岡本は人々を煙に巻いているようですが、一切そうした意識は無かったと感じるです。
ただただ直線的に伝える。
そこから相手と生み出すエネルギー。
彼は描くこと創り出すことで、天と地を結びつけ、シャーマンとして禊を行っていたのではないだろうか?
先日ふとそんなことを感じたのです。
改めて彼の作品を観ると、それらは、祈りの象徴であるように思うのです。
彼が見えない世界から授かったものをかたちにしていくことが司祭であり説法であったのかもしれません。


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