2011年3月4日金曜日

意図して

人を煙に巻いている訳ではないのですが。
いつも最終的には周囲を煙に巻いて退散しているように思われているのです。
自分で言うのもなんですが、たぶん、おそらく照れ屋なんだと思います。
恥ずかしがりです。
テレビで人のラブシーンだって観てられないくらい。
あれこれと誰かに話をしたい衝動に駆られることがあります。
でも、思いのたけをすべて伝えていることは、ほとんどないような。
作家の岩井志麻子さんが、
「自分が選ぶ基準は、受けるかどうかです」
と言われていました。
よく分かります。
本当は素直に伝えていけば楽なんだろうと思います。
でもそれがなかなかできない。
こうしてブログを書きながらも、
「なぜ?」
と自己矛盾を感じることがしばしば。
自分のことは分かっているようで、そうでもない。
「人間は自分の目で自分の顔を観ることができない」
その事実を改めて知ったときに、
「仕方ないのかもしれない」
と自分にまつわる不自由さを受け入れて生きていくしかないじゃん。
妙に悟った記憶があります。
変われるもんならば変わりたい。
誰しも今の状況を打破したいと感じているものなのかもしれない。
「自分の不自由さを認め、許すことから、何かがはじまるのだ」
表現するとは、そういうことなのかもしれないなあ。

0 件のコメント:

コメントを投稿