ラジオを聴く人が少なくなっているそうです。
私の場合、幼い頃から変わらず、日常的に聴き続けているので、ラジオを聴かないというのが、どうもピンとこないところがあります。
しかし、考えてみるとテレビは見ることがなくなりました。
テレビを見たいと思ってもテレビの前に座る時間がないのです。
外に出て、帰ってもあれこれととすることが多くなると、
「さぁてと」
とテレビの前に行けないものです。
しかし、ラジオならば流しておけば聴くことができる。
聴きながら、
「どんな感じなのかな?」
と想像するのが楽しい。
見えないことって、刺激的だなあと思うのです。
「どうなっているんだろう?」
思いを巡らせることは、人間としての楽しみのひとつなのではないかと。
見えないことによって、好奇心は増幅するように思うのです。
「見たい」
「知りたい」
「触れてみたい」
これって、人間の欲求なのではないでしょうか?
それを満たしててくれるメディアがラジオだと思うのです。
私の場合、なぜラジオがを聴くようになったか?
両親が聴いていたから。
そしてラジカセを買ってもらい、自分の部屋でも聴けるようになったからだなぁ。
以前、どこかのFM局が、オフィスなどでFM放送を流しましょうキャンペーンを実施した記憶があります。
聴くきっかけをどのようにつくるか。
ラジオでしか聴けない声、内容…
ラジオならではのコンテンツを展開していくことになるんだろうなあ。
昨夜、j-waveの"jam the world"でラジオのADさんたちが現場について語っていました。
外注化というか、制作会社の方々が番組をつくっているんですね。
局は様々な管理をする。
ものづくりの現場の外注化、分業化、細分化はどの業界も同じなんですね。
私はこれまでメーカーやITなどものづくりに関わってきて、感じたことは、
「どこにノウハウが蓄積していくのだろうか?」
ということです。
それぞれの強みを持ち寄って、完成品に仕上げていくのですが。
組織にノウハウを蓄積しようと、どこも取り組んでいるのですが、結局のところ、人にだと感じています。
話は戻って、ラジオをどうしたら聴いてもらえるか?
ラジオならではの表現方法とか改めて開発するのはどうでしょうか?
ずいぶんと大雑把な提案ですが。
これについては、自分でも考えてみたいと思っています。
私の場合、幼い頃から変わらず、日常的に聴き続けているので、ラジオを聴かないというのが、どうもピンとこないところがあります。
しかし、考えてみるとテレビは見ることがなくなりました。
テレビを見たいと思ってもテレビの前に座る時間がないのです。
外に出て、帰ってもあれこれととすることが多くなると、
「さぁてと」
とテレビの前に行けないものです。
しかし、ラジオならば流しておけば聴くことができる。
聴きながら、
「どんな感じなのかな?」
と想像するのが楽しい。
見えないことって、刺激的だなあと思うのです。
「どうなっているんだろう?」
思いを巡らせることは、人間としての楽しみのひとつなのではないかと。
見えないことによって、好奇心は増幅するように思うのです。
「見たい」
「知りたい」
「触れてみたい」
これって、人間の欲求なのではないでしょうか?
それを満たしててくれるメディアがラジオだと思うのです。
私の場合、なぜラジオがを聴くようになったか?
両親が聴いていたから。
そしてラジカセを買ってもらい、自分の部屋でも聴けるようになったからだなぁ。
以前、どこかのFM局が、オフィスなどでFM放送を流しましょうキャンペーンを実施した記憶があります。
聴くきっかけをどのようにつくるか。
ラジオでしか聴けない声、内容…
ラジオならではのコンテンツを展開していくことになるんだろうなあ。
昨夜、j-waveの"jam the world"でラジオのADさんたちが現場について語っていました。
外注化というか、制作会社の方々が番組をつくっているんですね。
局は様々な管理をする。
ものづくりの現場の外注化、分業化、細分化はどの業界も同じなんですね。
私はこれまでメーカーやITなどものづくりに関わってきて、感じたことは、
「どこにノウハウが蓄積していくのだろうか?」
ということです。
それぞれの強みを持ち寄って、完成品に仕上げていくのですが。
組織にノウハウを蓄積しようと、どこも取り組んでいるのですが、結局のところ、人にだと感じています。
話は戻って、ラジオをどうしたら聴いてもらえるか?
ラジオならではの表現方法とか改めて開発するのはどうでしょうか?
ずいぶんと大雑把な提案ですが。
これについては、自分でも考えてみたいと思っています。
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